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発表・掲載日:2023/10/20
-ギ酸から2,000時間以上の“連続”水素製造運転を実証-
フロー式によるギ酸からの“連続”水素製造プロセス
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター 官能基変換チーム 川波 肇 上級主任研究員は、筑波大学大学院 数理物質科学研究群化学学位プログラムの澤原 馨登(博士後期課程)と共同で、フロー式によるギ酸からの発電システムを開発しました。
将来のエネルギー問題を改善するために、水素供給源の一つとしてギ酸が期待されています。ギ酸はバイオマスや二酸化炭素などからも得られ、主に家畜飼料の添加剤などに使われる化合物です。ギ酸から水素を製造する技術を社会実装するためには多くの課題があり、国内でも実証例がごくわずかです。本技術では、ギ酸から水素をつくる触媒を見直し、ポリエチレンイミンをイリジウム錯体触媒と未配位のビピリジンで架橋した固定化触媒を設計・合成し、フロー式による“連続”水素製造プロセスを開発しました。得られた水素を用いて、燃料電池による発電試験を行い、安定した電力が得られることを実証しました。
これらの成果は、ギ酸を水素キャリアとするエネルギー技術を社会実装するための技術として期待されると同時に、ギ酸から得られる水素を発電以外の用途へ展開することも期待されます。
なお、この技術の詳細は、2023年10月14日に「ChemSusChem」に掲載されました。
近年、エネルギー問題と地球温暖化問題を解決するために、水素社会の実現が注目される中、効率的な水素の貯蔵・運搬・製造を担う水素キャリアの技術開発が進んでいます。産総研ではギ酸を水素キャリアとして利用するための研究を重ねています。ギ酸は酪農での飼料の添加剤などに使われるなど、取り扱いも比較的容易な薬品です。ギ酸は海外で工業的にメタノールなどから製造されていますが、最近は二酸化炭素や、バイオマス、メタンなどからの合成法も開発されつつあり、二酸化炭素の排出削減に貢献できる水素源です。しかしギ酸を水素キャリアとして社会実装するには、プロセス上の多くの課題がありました。
産総研は、ギ酸を水素キャリアとする高効率な水素製造システムの開発を目指しており、高活性なギ酸脱水素化用触媒(2012年3月19日 産総研プレス発表)や、ギ酸から生成する高圧ガス(水素と二酸化炭素の混合ガス)を簡便に分離し、高圧水素と液化二酸化炭素を同時に製造する技術(2015年12月11日 産総研プレス発表)を開発してきました。さらに高活性・長寿命な触媒開発に向けて、新しい分光分析技術を開発し(2022年9月16日 産総研プレス発表)、ギ酸から高圧の水素を発生するときの触媒反応メカニズムや劣化メカニズムを解明してきました。
今回の技術開発では、社会実装に向けた “連続”した水素製造プロセスを実現するために、課題の多いバッチ式からフロー式へのプロセス転換とそのプロセスによるギ酸からの水素製造、さらにその水素を使った燃料電池による発電試験を行いました。
なお、本研究開発は、キヤノン財団の第12回研究助成プログラム「新産業を生む科学技術」(2021~2023年度)による支援を受けています。
水素キャリアとしてのギ酸の実用性を実証するためには、1)バッチ式からフロー式へのプロセス転換、2)ギ酸由来の水素による燃料電池発電試験での実証が必要でした。
まず、1)のバッチ式からフロー式へのプロセス転換には、ギ酸水溶液に容易に溶出してしまう従来の錯体触媒を、触媒活性を維持したままで固定化する技術が必要でした。そこで、産総研が開発してきた世界最高の圧力発生能を達成したイリジウム錯体触媒をポリエチレンイミンに固定化し(図1)、“フロー式”によるギ酸からの“連続”水素製造プロセスを開発しました。
図1 従来の錯体触媒(左側写真)と開発した固定化触媒(右側写真)
動画1 バッチ式によるギ酸からの水素生成
反応が進むたびにギ酸水溶液を添加する必要があり、反応液が蓄積すると最後は容器からあふれてしまう。
動画2 フロー式によるギ酸からの水素生成
ギ酸水溶液を連続して注入し、水素を連続して取り出すことが可能。
これまでの研究から、錯体触媒の失活は、水素製造時に錯体が配位子から外れることに原因があることを明らかにしてきました。そこで今回の開発では、錯体触媒をポリマー(ポリエチレンイミン)の中に組み込み、配位子を外れにくくしました。さらに、配位子から外れても別の配位子が錯体を再び捉えることで活性を維持し、触媒の長寿命化を実現しました。加えてポリエチレンイミンはギ酸を選択的に吸収する特徴があるため、触媒の高活性化にも寄与しています(図2)。
図2 水素製造用の固定化触媒の特徴
開発した固定化触媒は、①従来の触媒と同等あるいはそれ以上の活性を示しつつ、熱安定性・耐久性が向上しました。そして、②錯体(イリジウム)の溶出がほとんどなくなりました(固定化触媒1 gあたりのイリジウム溶出量は40 μg以下)。この固定化触媒を用いてフロー式連続水素製造プロセスを構築し、2,000時間以上の連続運転を実証しました(図3)。さらに、得られた水素に含まれる一酸化炭素含有量は0.1 ppm以下と、燃料電池自動車用水素燃料の品質規格(ISO14687-2、0.2 ppm)以下でした。
次に2)のギ酸から製造した水素を用いて、固体高分子形燃料電池(一般財団法人日本自動車研究所製標準セル)で発電試験を行いました。その結果、5時間以上出力が下がることのない、安定した発電ができることを確認しました(図4)。
図3 連続水素製造時のガス生成量とガス生成速度
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
図4 製造した水素を用いた燃料電池発電試験の結果
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
本研究開発のラボスケールでのギ酸を水素キャリアとするフロー式“連続”水素製造システムおよび発電システムからのスケールアップ等を通じて、社会実装に向けた開発を進めていきます。加えてこのプロセスで副生する二酸化炭素の回収・ギ酸への再生技術の開発も進めていきます。また、ギ酸からの水素を使った発電以外のさまざまな用途にも展開させていきます。
掲載誌:ChemSusChem
論文タイトル:Iridium Catalyst Immobilized on Crosslinked Polyethyleneimine for Continuous Hydrogen Production Using Formic Acid
著者:Keito Sawahara, Shinji Tanaka, Tetsuya Kodaira, Ryoichi Kanega, Hajime Kawanami
DOI:https://doi.org/10.1002/cssc.202301282
HCO2H → H2 + CO2 (1) 脱水素反応(脱炭酸反応)
HCO2H → H2O + CO (2) 脱水反応
ポリエチレンイミンの構造例(左:直鎖型、右:分岐型)
今回の開発で用いたイリジウム錯体触媒
情報提供:JPubb