本ページでは、プレスリリースポータルサイト「JPubb」が提供する情報を掲載しています。
平成29年12月8日
理化学研究所
東京大学
東北大学 金属材料研究所
科学技術振興機構(JST)
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループの安田 憲司 研修生(東京大学 大学院工学系研究科 博士課程2年)、十倉 好紀 グループディレクター(同 教授)、強相関界面研究グループの川﨑 雅司 グループディレクター(同 教授)、動的創発物性研究ユニットの賀川 史敬 ユニットリーダー(同 准教授)、東北大学 金属材料研究所の塚﨑 敦 教授らの共同研究グループは、「磁性トポロジカル絶縁体注1)」の磁壁注2)におけるトポロジカル電流の観測とスピントロニクス注3)デバイスの基礎原理の実証に成功しました。
近年、磁性トポロジカル絶縁体と呼ばれる特殊な磁石注2)で「量子異常ホール効果注4)」という現象が観測されました。これは、磁石中に磁化注2)があることで生じる外部磁場が不要な量子ホール効果注4)であり、試料端において、エネルギー散逸の少ないトポロジカル電流が一方向に流れます。このとき、磁区注2)の境界である磁壁においてもトポロジカル電流が生じることが理論的に提唱されていました。磁壁でのトポロジカル電流は、その向きおよび位置を制御することができるため、これを用いた再構成可能な回路の設計が可能であり、低消費電力素子への展開を飛躍的に進めると期待されます。しかし、磁区を任意に作ることが困難であり、磁壁でのトポロジカル電流はこれまで観測されていませんでした。
今回、共同研究グループは磁気力顕微鏡注5)を用いることで、磁性トポロジカル絶縁体上に任意の磁区を書き込む手法を新たに確立しました。磁区形成後の素子に対して、0.5K(-272.65℃)の極低温で電気伝導測定を行ったところ、磁区構造に応じた量子化抵抗が観測され、磁壁におけるトポロジカル電流の存在が確認されました。さらに、単一素子内でのさまざまな磁区構造の形成により、トポロジカル電流の流れおよび量子化抵抗を自在に制御できることを明らかにしました。
本研究により、トポロジカル電流を用いた新しいスピントロニクスデバイスの基礎原理が実証されました。今後、電流での磁壁駆動による次世代磁気メモリ注6)の構築や動作温度の高温化によるデバイスのさらなる発展が期待できます。
本成果は、米国の科学雑誌『Science』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(12月7日付け:日本時間12月8日)に掲載されます。
本研究は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「強相関量子科学(中心研究者:十倉 好紀)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表者:川﨑 雅司)」の事業の一環として行われました。
近年、数学的なトポロジー(位相幾何学)の概念に基づいた分類による自然界に存在する新しいタイプの物質相が注目を集めています。「トポロジカル絶縁体注1)」はその一つの例で、物質内部は電気を流さない絶縁体ですが、物質表面にはトポロジーで守られた特殊な金属状態が存在しています。
トポロジカル絶縁体に磁性元素を添加した「磁性トポロジカル絶縁体」においては磁化が発生し、それに伴って試料端に電流が一方向にのみ流れるトポロジカル電流が発生します。これはホール抵抗注4)の量子化として観測でき、「量子異常ホール効果」として知られています。このようなトポロジカル電流は試料の端を一方向にのみ流れるためエネルギー損失を伴わず、これを利用した低消費電力素子への展開が期待されています。特に量子異常ホール効果には、外部から強磁場を加えることが必要な通常の量子ホール効果とは異なり、磁化の向きを上下反転させるだけでトポロジカル電流の向きを制御できるというメリットがあります。
トポロジカル電流の流れを制御する新たな手法として、磁区の境界である磁壁においてもトポロジカル電流が現れることが提唱されています。これは、上下二つの磁区をつなぎ合わせることで、その境界にもトポロジカル電流が生じるということで理解できます(図1)。磁壁でのトポロジカル電流は試料端でのトポロジカル電流と異なり、磁区の制御によってその向きだけでなく位置も制御することができます。従って、磁壁でのトポロジカル電流を用いた再構成可能な回路の設計により、低消費電力素子への展開を飛躍的に進めると期待できます。しかし、任意に磁区を作ることが困難なため、磁壁でのトポロジカル電流はこれまで観測されていませんでした。
共同研究グループは、これまでの研究でトポロジカル絶縁体(Bi1-ySby)2Te3(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)に磁性元素Cr(クロム)を添加した磁性トポロジカル絶縁体「Crx(Bi1-ySby)2-xTe3」を積層させた、磁性トポロジカル絶縁体薄膜の作製法を確立し、量子異常ホール効果の観測に成功しています※)。磁壁におけるトポロジカル電流の観測のためには、試料の磁区を自在に制御する方法を確立する必要があります。そこで、通常は磁区構造の観察に用いられる磁気力顕微鏡を磁区の書き込みに用いたところ、磁性トポロジカル絶縁体上に任意の磁区構造を形成することに成功しました(図2)。これにより、磁区書き込みを行った場所のみの磁化が反転していることが分かりました。
磁区構造形成の方法を確立したため、加工した素子に対し本手法を適用し、左半分の磁化が上、右半分の磁化が下となったような磁区構造を作りました。このような素子に対して、0.5K(-272.65℃)の極低温において電気伝導測定を行ったところ、単一磁区の状態と異なる特徴的な量子化した抵抗値が確認されました(図3)。磁区構造に応じた量子化抵抗を理論予測と比較したところ、磁壁にトポロジカル電流が生じていることが明らかになりました。トポロジカル電流が生じているとき、縦抵抗は電流の下流では抵抗値が0、上流では2h/e2の値にそれぞれ量子化します。また、左半分の磁化が下、右半分の磁化が上の磁区構造を作ったところ、トポロジカル電流の向きが反転することが分かりました。
磁壁におけるトポロジカル電流の存在を確認し、また、磁区構造を任意に制御する方法を確立したため、これらを利用することでトポロジカル電流の流れと向きを自在に制御できると期待できます。実際、磁気力顕微鏡を用いてさまざまな磁区構造を形成、抵抗測定を行ったところ、いずれの磁区構造においても理論から期待される量子化抵抗との一致を示しました。これにより、トポロジカル電流を用いた新たなスピントロニクスデバイスの基礎原理が実証されました。
今回の成果により、量子異常ホール効果においては試料端のみならず磁壁においてもトポロジカル電流が存在することが明らかになりました。試料内部の磁壁はその制御性の高さから、トポロジカル電流を用いた量子電磁気現象、量子コンピューティング注7)の舞台として利用できると期待できます。
また、磁壁におけるトポロジカル電流を用いた省エネルギースピントロニクスデバイスの動作の基礎原理が実証されました。今後、電流での磁壁駆動による次世代磁気メモリの構築や動作温度の高温化によるデバイスのさらなる発展が期待できます。
量子異常ホール状態では、試料端にトポロジカル電流が流れる結果、ホール抵抗がh/e2の値に量子化する。上向きの磁化、下向きの磁化に対して、トポロジカル電流の流れる向きは逆向きになり、ホール抵抗はそれぞれ+h/e2,-h/e2となる。同様にして、磁壁においてもトポロジカル電流が流れることが予言されている。
上のグラフは、各磁区構造における抵抗値を表している。それぞれ左から単一磁区状態、左半分の磁化が上、右半分の磁化が下となった磁区状態、左半分の磁化が下、右半分の磁化が上となった磁区状態に対応する。端子5から端子6に電流を流し、端子i,j間の抵抗Rij(R13、R24、R12、R34、R56)を測定した。実線の水平の線は、試料端および磁壁にトポロジカル電流が存在するときに期待される量子化抵抗の理論値。理論値と実験値がほぼ一致していることが分かる。
タイトル | “Quantized chiral edge conduction on reconfigurable domain walls of a magnetic topological insulator” |
---|---|
著者名 | K. Yasuda, M. Mogi, R. Yoshimi, A. Tsukazaki, K. S. Takahashi, M. Kawasaki, F. Kagawa and Y. Tokura |
掲載誌 | Science |
doi | 10.1126/science.aan5991 |
理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物理部門 強相関物性研究グループ
研修生 安田 憲司(ヤスダ ケンジ)
(東京大学 大学院工学系研究科 博士課程2年)
グループディレクター 十倉 好紀(トクラ ヨシノリ)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
強相関物理部門 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(カワサキ マサシ)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
統合物性科学研究プログラム 動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(カガワ フミタカ)
(東京大学 大学院工学系研究科 准教授)
Tel:048-467-9774(安田) Fax:048-462-4703(安田)
E-mail:(安田)
東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066
E-mail:
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 Fax:048-462-4715
E-mail:
東京大学 大学院工学系研究科 広報室
Tel:03-5841-1790 Fax:03-5841-0529
E-mail:
東北大学 金属材料研究所
情報企画室広報班 横山 美沙
Tel:022-215-2144 Fax:022-215-2482
E-mail:
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:
情報提供:JPubb